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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3362号 判決 1962年8月17日

原告 祖父江せい

被告 今泉きぬ 外二名

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告に対し、被告今泉きぬは、別紙目録<省略>記載の土地につき東京法務局文京出張所昭和三五年七月二五日受付第一〇、五二八号をもつてなされた地上権設定仮登記に基く地上権設定の本登記手続を、被告明興電機工業株式会社は右土地につき同法務局同出張所昭和三六年二月七日受付第一、五八六号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続を、被告第三信用組合は、右土地につき同法務局出張所昭和三六年二月一七日受付第二、二〇七号をもつてなされた根抵当権設定登記同日受付第二二〇八号をもつてなされた所有権移転仮登記、同年三月一三日受付第五五七号をもつてなされた賃借権設定仮登記の各抹消登記手続を、それぞれせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

「別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)及びその地上に存した建物(以下「本件建物」という。)両者はもと田中軍治の所有であつたが、同人は、株式会社常盤相互銀行(以下「訴外銀行」という。)から金員を借入した際右債務の担保として本件土地及び本件建物に根抵当権を設定した。

ところが、同人が弁済期日を経過するも右債務を弁済しなかつたので、訴外銀行は、右抵当権を実行して債権の弁済を受けるため、東京地方裁判所に本件土地及び本件建物競売の申立をなし(同裁判所昭和二八年(ケ)第二〇七号不動産競売事件)、右事件において、株式会社大和不動産投資部(以下「訴外会社」という。)は、昭和二八年九月二日本件建物につき競落許可決定を得、競売代価の支払を了して本件建物のみの所有権を取得し、同裁判所の嘱託により昭和二九年三月九日その旨の所有権移転登記が経由され、かつ、本件建物の所有権取得に伴い本件土地につき存続期間を満三〇年とする所謂法定地上権を取得した。

しかるところ、被告今泉きぬは、昭和三一年一〇月一五日右田中軍治から本件土地を買受けてその所有権を取得し、即日その旨の所有権移転登記を経由したが、訴外会社は、本件土地上に登記のある本件建物を所有していたものであるから、建物保護に関する法律の規定に基き右法定地上権をもつて被告今泉きぬに対抗することができたものであるところ、原告は昭和三五年六月一七日訴外会社から本件建物及びその敷地たる本件土地に存する右法定地上権を買受けて本件建物の所有権及び法定地上権を取得し、本件建物につき、翌一八日その旨の所有権移転登記を経由するとともに法定地上権に関し、昭和三六年四月二七日、先に訴外会社が被告今泉きぬ所有名義の本件土地の登記につき東京地方裁判所の仮登記仮処分命令に基き東京法務局文京出張所昭和三五年七月二五日受付第一〇、五二八号をもつてなしていた地上権設定仮登記の附記登記を経由した。

そこで、原告は、建物保護に関する法律の規定に基いて対抗力を有していた法定地上権の取得者として右取得にかかる法定地上権をもつて被告今泉きぬに対抗しうるものであるから、その被対抗者として、右地上権設定者たる前記田中の地位を承継した被告今泉きぬに対し、右仮登記に基く地上権設定の本登記手続を求める。

次に、被告明興電機工業株式会社(以下「被告会社」という)は、昭和三四年八月五日被告今泉きぬとの間に本件土地売買の予約をなし、同年九月一日右予約に基く所有権移転仮登記をなし、次いで、昭和三六年二月七日右予約完結権を行使し、本件土地を買受けてその所有権を取得し、即日東京法務局文京出張所受付第一、五八六号をもつて右仮登記に基く所有権移転の本登記を経由し、また、被告第三信用組合(以下「被告組合」という。)は、同月六日被告会社との間に継続的手形取引契約を締結し、右手形取引から生ずる債権の担保として、本件土地につき根抵当権を設定し、かつ、右被担保債権を弁済しないときは、その弁済に代えて本件土地の所有権を移転し、或は、本件土地につき賃借権を設定する旨の抵当権設定契約、停止条件附代物弁済契約及び停止条件附賃貸借契約を締結したとして、同月一七日前同出張所受付第二、二〇七号をもつて根抵当権設定登記、同出張所受付第二、二〇八号をもつて所有権移転仮登記を、同年三月一三日同出張所受付第五五七号をもつて、賃借権設定仮登記を、それぞれなした。

ところで、被告会社が本件土地につき前記仮登記に基く所有権移転の本登記を申請した当時、原告は、本件土地につき右所有権移転仮登記におくれてなされた前記地上権設定仮登記を有していたのであるから、右本登記の申請に当つては、その申請書に登記上利害の関係を有する第三者たる原告の承諾書またはこれに対抗しうる裁判の謄本を添附すべきであつたにもかかわらず、被告会社は、これを添附せずして申請をなし、これに対し登記官吏は、申請書に必要な書面が添附されていなかつたのであるから右申請を却下すべきであつたにもかかわらず、これを看過して受理し、もつて、所有権移転の本登記を登記簿に登載してしまつた。

そこで、原告は、登記上利害の関係を有する第三者として、被告会社に対し、瑕疵ある手続に基き経由された右所有権移転の本登記の抹消登記手続を求めるとともに、右本登記にして抹消される以上これを基礎として被告組合のためになされた前記根抵当権設定登記、所有権移転仮登記及び賃借権設定仮登記もまた必然的に抹消さるべきものとなるから、更に、被告組合に対し、右各登記の抹消登記手続を求める。」

と陳述し、被告等の主張に対し、

「本件建物が被告等主張の日に火災により焼失したことは認める。

しかしながら、建物保護に関する法律の規定に基き第三者に対抗している地上権は、他方また、借地法の規定の適用をも受けるものであるから、本件のごとく朽廃によらずして地上建物が滅失したからとて、これにより直ちに右地上権が対抗力を失い消滅するものとはいえない。

仮にしからずとするも、本件建物は、これに隣接する被告会社所有の建物から出火した火災により類焼々失したものであるが、被告会社は、本件土地所有権の取得に伴い本件法定地上権をもつて対抗される立場にあつたものであるから、その過失により本件建物が滅失したからとて、その敷地につき存する法定地上権が対抗力を失い消滅することはない。」

と述べた。

被告等三名訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁及び抗弁として、

「原告主張事実中、訴外会社が本件土地につき法定地上権を取得し、原告がこれを譲受けたことは不知、被告会社が本件土地につきなした所有権移転の本登記手続に瑕疵があり、ひいては、右本登記ないし被告組合のためになされた各登記が抹消さるべきものであるとの主張を争い、その余の事実はすべて認める。

仮に、原告が法定地上権を承継取得し、建物保護に関する法律の規定に基き、これをもつて被告等に対抗し得たとしても、本件建物は、昭和三六年二月一日これに隣接する被告会社所有の建物から出火した火災により類焼々失したから、同日限り右法定地上権は対抗力を失い消滅したものである。」

と述べた。

理由

先づ、原告の被告今泉きぬに対する請求について判断する。

田中軍治がその所有の本件土地及びその地上に存した本件建物両者につき根抵当権を設定したこと、訴外会社が右抵当権実行のためになされた競売において本件建物のみを競落してその所有権を取得し、昭和二九年三月九日その旨の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がないから、訴外会社は、本件建物の所有権取得に伴いその敷地である本件土地につき所謂法定地上権を取得したものといわなければならない。

ところで、被告今泉きぬが、昭和三一年一〇月一五日右田中から本件土地を買受けてその所有権を取得し、即日その旨の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がないから、訴外会社は、右法定地上権取得の登記を経由していなかつたが、本件土地上に登記のある本件建物を所有する者として、建物保護に関する法律の規定に基き、右法定地上権をもつて被告今泉きぬに対抗し得たものである。

しかるところ、原告が昭和三五年六月一七日訴外会社から本件建物を買受けてその所有権を取得し、翌一八日その旨の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がないところ、地上権者にして建物の所有者たるものがその建物の所有権を他に移転した場合においては、反対の意思表示のない限り、地上権は建物の所有権とともに新所有者に移転したものと推定すべきであるから、右反対の意思表示の存在を認むべき証拠のない本件においては、原告は、本件建物の所有権取得と同時にその敷地たる本件土地につき存した法定地上権をも取得したものというべきである。もつとも、訴外会社は、原告に対し本件建物を売渡した後である昭和三五年七月二五日、被告今泉きぬ所有名義の本件土地の登記につき東京地方裁判所の仮登記仮処分命令に基き東京法務局文京出張所受付第一〇、五二八号をもつて地上権設定の仮登記をなしたこと、原告が昭和三六年四月二七日に至り本件法定地上権取得を原因として右地上権設定仮登記の附記登記を経由したことはいずれも当事者間に争のない事実であるが(そもそも如何なる理由でかかる仮登記仮処分命令が発せられたかについては疑問の余地が全くないわけではなく)右事実から直ちに前記推定を覆す根拠とはなし難い。

そうとすれば、原告もまた、建物保護に関する法律の規定に基き対抗力を有していた法定地上権の承継取得者として、右取得にかかる法定地上権をもつて被告今泉きぬに対抗しうる関係にあつたものである。

そこで、進んで、建物保護に関する法律の規定に基き対抗力を具備するに至つた地上権者たる原告が、被対抗者たる被告今泉きぬに対し、右地上権設定登記請求権を有するか否かについて考えてみると、本来、地上権設定登記義務を負担する者は、地上権設定者ないしこれから右登記義務を承継した者である。ところで、地上権の設定されている土地の所有権が移転し、或は、敷地につき設定されている地上権とともに建物の所有権が移転したことに伴い地上権設定者ないし地上権者の一方が交替した際、建物保護に関する法律の規定に基き新当事者間において地上権の対抗関係が生ずるに至つた場合においては、旧当事者間に存した地上権設定契約関係はそのまま新当事者間に移行し承継されることになるが、この場合承継さるべきものは、当該土地を建物所有の目的で使用し或は使用させるべき土地使用関係としての地上権及び右土地使用に関連して生ずる債権債務の関係であつて、これと直接関係のない地上権設定登記に関する権利義務のごときは、当事者間において特約のあつた場合は格別、承継さるべきものではないと解すべきである。けだし、建物保護に関する法律は、建物の敷地につき設定されている地上権の登記がない場合においても右未登記の地上権とその地上の登記のある建物とを併せ、恰も地上権の登記がなされている場合と同様の効力を与え、もつて、建物の保護をはからんとしているものであり、かつ、この場合、新たに地上権設定登記を許容したからとて、建物の保護に関し特に寄与するところはないからである。もつとも、この場合、地上権の設定登記を許容するにおいては、建物の敷地に対する使用権が強化され(建物滅失の場合がこれに該当するであろう。)、ひいては、建物所有者の地位が強化されるに至ることも考えられないではないが、建物保護に関する法律は、あくまでも建物の保護のみをその目的とし、敷地の使用権強化を目指すものではないのである。しかして、以上のことは、地上権につき申請のごとき仮登記がなされているか否かによつても何等の差異をもたらすものではない。

如上説示のとおりとすれば、建物保護に関する法律の規定に基き、被告今泉きぬに対抗しうる地上権を取得したことを前提として、同被告に対し、先になされている地上権設定仮登記に基く地上権設定の本登記手続を求める原告の本訴請求は、既にこの点において失当であり、棄却を免れない。

次に、原告の被告会社及び被告組合に対する請求について判断する。

被告会社が、原告主張のとおり、被告今泉きぬとの間に本件土地売買の予約をなし、右予約に基き所有権移転仮登記をなし次いで、原告主張の日に右予約完結権を行使して本件土地を買受けその所有権を取得したうえ、即日右仮登記に基く所有権移転の本登記を経由したこと、被告会社が右所有権移転の本登記を経由した当時原告が本件土地につき右所有権移転仮登記におくれてなされた地上権設定の仮登記を有していたこと、被告会社の右本登記申請に当つては、その申請書に原告の承諾書またはこれに対抗しうる裁判の謄本が添付されていなかつたことはいずれも当事者間に争のない事実であるから被告会社の右本登記申請は、その申請書に登記上利害の関係を有する第三者たる原告の承諾書またはこれに対抗しうる裁判の謄本を添付せずになされた不動産登記法第四九条第八号に該当する瑕疵ある申請として、登記官吏において、これを却下すべきものであつたことは明らかである。

しかしながら、かかる瑕疵ある登記申請であつても、登記官吏においてこれを却下することなく一旦受理したうえ所有権移転の本登記を了してしまつた以上右登記に符合する実体法上の権利関係が存在しない場合は格別、単なる申請手続の瑕疵のみを理由としてはこれが抹消登記手続を求めることができないと解するのが相当である。

はたして、しからば、被告会社が経由した右所有権移転の本登記に符合する実体法上の権利変動の存在しないことについて何等これを認むべき証拠のない本件においては、被告会社に対し、右本登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、既にこの点において失当として棄却を免れない。

しかして、右本登記にして抹消することができない以上これが抹消されることを前提として、被告組合に対し、同被告のためになされた根抵当権設定登記、所有権移転仮登記及び賃借権設定仮登記の各抹消登記手続を求める原告の本訴請求もまた、その他の点を判断するまでもなく、既にこの点において失当でありこれまた棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小酒禮)

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